こころに寄り添うことで役立ちたい

老人ホームの玄関を出ると
秋を感じました。

アスファルトの隙間から
大きく茂っていた名前も知らない緑の葉
秋になって色とりどりになっていた。

治療を主にする病院と違い
終の住処となるホーム。

老人ホームと呼ばれる場所へ数ヵ所仕事で訪れるけど
同じ言葉を男女問わず
複数の高齢の利用者さんから聞く。

「一生懸命育ててきたのに
子供も孫も
誰もきてくれへん」

寂しいやら情けないやら
ホンマつまらんわ
死んだ方がマシ

訪問の度に何回も聞く
家族に見放されたと思う
寂しい心の叫び。

面会に来てくれないことが
本当かどうかは不明だけど
そう感じてしまっている。

なんて返事したらいいのかな?
いつも返事に迷う。

また来てくれるよ、なんて
テキトーなことは言えないし
そうなんですね
さみしいね
それしか言えない…

これが本当のことだとしたら
それは仕方ないことなのかな?

けして老人施設という国の施策が
悪いわけではないし
施設を選んだ家族が悪いわけでもない。

超高齢社会では
お互いが生きていくためには
仕方のないこと。

在宅ケアや
家族だけで
高齢者を支えていくことはできない。

終の住処がどこになっても
家族には事情があるので
自分が思うような頻度で
いつも来てくれるわけではない。

わたし自身もそれは覚悟したほうが
いいなーとも思う。

また、子供や孫からの
面会がないことで
その人の生き様をとやかく言ってはいけないと思う。

どれだけ家族に尽くしても
同じ重みのお返しが来るわけではない。

ちょうど食事時
泣きながらお食事されてるような
そんなふうに見えてしまった。

家族の代わりにはなれないけど
せめて
寒い風が吹くこころの隙間を
埋めれるようなケアができたらいいなー

町の保健室(仮名)という
今は目に見えない空間的な場所で
自分が生きてる意義を
失っている高齢者の
寂しさを埋められるさりげないケアが
できればなーとあれこれ考えてます。

女性へのケアは想像つくけど
男性へのさりげないケアは
なかなか思いつかない。

家族からのあたたかい支えを欲してる男性は
たいがいの方が
何もしていらん、って
拒否されることが多いのでね。

とりあえず
何かを習得しないとなー。

野球の話で喜んでくださる高齢者の方は多いです。

野球に興味がない方への
さみしさを埋めるケアを
何かひとつ習得したいなぁと
考え中です。

町の保健室(仮名)
一緒に活動してくれる方
募集してます。

東大阪市
河内花園の
コミュニティカフェひだまり内で
活動しますので
よろしくお願いいたします。